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源平討魔伝と妖怪道中記

 ハイスコアガール。
 PCエンジンが超懐かしい。そして私もはまった源平討魔伝と妖怪道中記が出ていた。PCエンジンで練習できたお蔭で、ゲーセンで最後までワンコインクリアーできるのは人生でこの二つだけである(ようするにRPG的に主人公を強くしまくって、腕の差を補填できるゲーム)
 ……と、ボンクラがボンクラ半生を語ってしまうから、ノスタルジーものやレゲーものは危険。

項羽と劉邦方式

 入稿やらゲラの受け渡しでバタバタん(多忙を表す擬態語だよ)
 セブンアークスさんに行ってきたよ。長い間、本当にお疲れさまということで、また差し入れをしてきました。社長さんから総監督さんから監督さんからプロデューサーさんにお礼を言ってきました。

 作者にもよるけど、アニメ化となれば、原作者は毎週現場の40人やアフレコ現場の20人に差し入れをするのじゃ。漫画家さんにもするのじゃ。
 そして延期半年となるとその間も差し入れをする。となると一年間、現場に差し入れをするのじゃよ。結果、総額で軽自動車が買えるくらいにはなるんじゃ。聞いた人がみんな引くのですが、たしかにこれはやりすぎなんじゃ。だけど自分の作品に協力してくれる人には、とにかく感謝したい。そして本が出るたびに担当さんとイラストレーターさんにも送っております。アンソロジーに参加した方々にも会ったときに菓子折りを渡し、編集部で異動昇進があると花束を送る。
 なんでそこまですんねんと思ったけど、これ、歴史と歴史ゲーム脳なので、自軍の士気が下がると死ぬんじゃあああ、項羽になってはいかんのじゃあああと劉邦方式ですわな。

汁男優VSメカ汁男優

「今夕方ですけど、夕方までに」と担当さんから時空を捻じ曲げた仕事が来る。私も含めて関係者全員が忘れていた仕事を急いでする。
 あとは仕事です。外出すらしていねえです。

 となると、ここを見ている人と読者さんの99・99%が興味ないパワプロ話しかねえですわ。
 風薙35、十六夜35、パピヨン35、虹谷37、サナ35、借りたあ守50でS9投手を作れた。筋力精神余りまくりで、165km/hにコントロール98、スタミナ100でもさらに余り、打者スキルも数個取るしかなくなった。仕事の合間に二週間かけてこれだけど、ひとつ上のSSが遠すぎて。
 ほら、他人のジャンルの細かい話ってクソどーでもよすぎますね。

W杯と魔王

 W杯決勝はリアルタイムで見ていました。前半はどこからでもアシストしてシュートする技のクロアチアが一点、セットプレイのフランスが二点奪取。
 後半はフランスがエムバペにポグバらの俊足を使った速攻でさらに突き放す。だが、前半のオウンゴールを作ったクロアチアのマンジュキッチが、フランスのバックパスを一人で追う。意味ないのにと思った瞬間、キーパーの不用意な処理を逃さず、執念で一点返す。個人的な今回W杯ベストゴールはこれだと思う。
 死闘は四対二で、おフランスが優シェー(言った瞬間死にたくなる駄洒落)。

 頑張っている人を見るだけで元気出たので、パワプロをやってみる。
 球速166km/h、コントロールスタミナA、変化球四種にジャイロボール、勝ち運、勝利の星、ムード、マインドブレイカーその他のフル搭載、プロでも完封可能な投手が甲子園一回戦で自動失点、無得点負け。よく甲子園の魔物って言うけど、魔王でもいるの?

ジェラシック・ワールドと理性

 今のところそれほど多忙ではないので、輪舞宣伝を兼ねてなるべく毎日更新をしようとしています。
 しかしそれほど毎日話すことないですよね。

 ジュラシック・ワールドを映画館で見たが、家でも見る。ラプトルが人に使役され、バイクで併走する絵面のかっこよさよ。闇夜にラプトルと戦いたくないですな。昼でも朝でもですが。
 インドミナスVSティラノ、後に+ラプトル、さらにモササウルスの対戦は、男の子がずっと見たかった恐竜プロレスの絵。恐竜界のアイドル、ティラノの格を落とさずの落ちは分かっている感。

 映画とはまったく関係なく、思ったこと。
 人間の問題は、いつか理性で解決できるかというと、無理じゃないかなと思う。
 錯視の仕組みを見て思ったことです。錯視などは一瞬で早く判断しないと日常生活で死ぬ、という脳の正常な機能を、別の側面から見るとおかしい、とされるだけだそうですが、これが意識的に変えられない。
 どれだけ理性で頑張っても、錯視は脳の仕組みを変えないかぎりどうしようもない。多くとは言わないけど、一部の偏見や差別や思いこみ、誤解誤読なども錯視のようなものではないかと思っています。
 アメリカの性犯罪者の収容施設の話を読んだことがあるのですが、小児性愛犯罪者で自分の性指向や嗜好を治そうとする人は本当に非常に少ない、という話があってうーん。
 当たり前だけど人類も生物なので、生物基盤でどうしても変えられない部分がある。ならば現代やこの先の人類社会で他人へと危害を与える部分は、脳や精神を治す方法の発見か、種として変わるか、くらいしか解決法がないんじゃないのと。
 そして変える方法ができたとしても問題は出る。たとえ他人に危害を与える部分、もっと邪悪な、他人に危害を与えたい、という部分であってすら、自分を一切変えたくない、という人に強制はできないわけで。そこらの問題はその時代になったときに、もっと偉い人が考えてくれるでしょうが。