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ヒーローがいない理由と、23年ぶりにサイコメトリックキラーを思い出す

 高度に発達したラヴクラフトと嶋田久作の見分けはつかない(分からん人は画像検索するとよい)

 連日相模原殺傷事件の公判が続く。植松容疑者は、障害者でもコミュニケーションできないものを人間ではない、日本に損害を与えるものとして殺害している。賛否は当たり前のように否定のほうが多い。

 一方で、無害ではない、本当に邪悪で損害を出した人を殺害した場合はどうなっていたのだろうか。
 世間には通常の怨恨や金銭や恋愛のもつれが原因ではない、凶悪すぎる犯罪がある。拷問殺人や連続大量殺人、通り魔殺人や強姦殺人では心神喪失や心神耗弱を主張する犯人が多いのだけど、本当に病気や障害が犯行の大きな原因となっている場合も多い。
 それらを「人間ではない」と殺害していたら、世間の評価はどうなっていたのだろうか。
 少なくとも、創作物におけるヒーローたちが倒して殺しているのは、そういうやつらである。
 現実には邪悪を倒し、殺すようなヒーローはほぼ出てこない。歴史を見ても、個人で悪を倒すヒーローというものを実例として思い出せない(とある集団や国家が悪として打倒する運動はあるが、それはヒーローではなく集団による通常の社会運動であろう)

 まず普通の人は普通の生活を維持するために働くだけで、体力や時間的に精一杯である。それらをして、さらにヒーロー活動をするとなると、負担が大きすぎる。
 ついでに言えば、人類の分業制度から言うと、犯罪や邪悪に対しては警察や司法や国家など専門の人に任せたほうが効果が大きい。ヒーローができるほど優秀な人なら、現場に行くより、指導者になって社会を良くしたほうが治安効果が大きいという計算ができる。また第三者による逮捕と裁定が、加害者被害者間の無限復讐を防ぐという意味もある。
 そして、なにより一般人はそういった邪悪なシリアルキラーや通り魔、罪を償っていない犯罪者の個人や位置情報を手に入れられない。警察ですら居場所をつかめないし、正体も分からない場合は、一般人はもっと分からない。関連して、法的手続きを得ないと科学的捜査もできず、個人による死刑は冤罪が出てくる可能性が高くなる。
 さらには個人が「これは殺すべき悪である」としたとき、その個人が別の邪悪、異常精神を持っていないと証明できない。ほとんどの独裁者や虐殺者、シリアルキラーは自分がやっていることは正しい、正義の行いだと思っていた。その違いを匿名の個人では証明できない。

 で、そういうのを作品にした「サイコメトリックキラー」という小説があったのを思い出す。今調べると、ダイナ・グラシウナス, ジム・スターリン著で1997年に日本向けに翻訳された、という23年も前の小説だった。
 で、主人公はシリアルキラー専門に殺すハンターである。主人公が警察ですら分からない犯人を見つけ、さらには本当に犯人かどうかを断定していたことが、作中の警察も分からなかった。で、主人公はサイコメトリー能力で犯人を見つけていたという。そういう超能力がないと個人が警察を超えることはできないなと思える。また、超能力だから警察に言っても証明できないし、予防に使えないとなっていた。
 もちろん現実にはそういった都合のよい超能力は存在しないのだけど、本の内容を覚えていた。こういう前提だったら個人や周囲や社会はこうなるな、ってのが話のすべてである。
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