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たまには子供に戻らないと死ぬ

 いつものようにボンクラ話をしていると「駅の名前を全部言えるようなガキにだけは死んでもなりたくない」という現代詩を思い出す。
 現代では、携帯電話からスマフォへの普及で「乗る駅なんか検索すればいいんじゃね?」とそういう行為の前提から分からなくなっているし、実際そういう子供も消えた。
 すでに数十年前の時点で、ガンダムのモビルスーツの型番やら年代やらを覚えるのは無駄だからやめろと、制作者の富野監督自身が言っている。実際、その覚える行為は創作に、そして現実の成長になんらつながらない無意味で間抜けな行為だ。

 もちろん駅名やモビルスーツを必死に覚えているような子供は、役に立つから覚えているわけではない。
 はっきり言えばボンクラであるが、その糞どーでもいいことを覚えるようなボンクラさが子供にあってもいい。電車や怪獣やモビルスーツやプロレスやジョジョのスタンドについて一度も熱く語らない男の子って、親や周囲や社会のいい子願望に従いすぎて将来が心配になる。
 それらはブラック企業で過労死するか、レイプ事件を起こすナンパ教室や、破滅的で犯罪を起こすカルト宗教やテロ組織に嵌りやすい、過剰適応という病気だと思われる。
 一方で今時、モビルスーツの型番やら性能について科学的に軍事的に~と日常的に語る大人がいたら、一種のピュアさではあるのだろうが、ずっと子供のボンクラさを保ちつづけているのはちと怖い。

 間を取って、たまには子供に戻っていいとは思う。戻らないといけない。こうあるべきとされる大人や自分を演じ、ついにはそれが正しいのだと内面化する、過剰適応を引き起こさないために。
 ……と頑張ってボンクラさの正当化をやってみただけのような気がするぞ。いえーい、ボンクラ最高。
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