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ニール・アームストロングでは少年漫画の主人公になれない&追記

 デスノートは、原作を途中で集めるのやめちゃったけど、倫理と道徳の話だと思っている。「DEATH NOTE 新作読切ネーム(小畑健版)/小畑健展開催記念!期間限定特別公開!」とあった。

 今回は、勉強はできないけどIQが日本一高い学生が主人公、というのが、結果が高めに出る設定のネットのIQテストで自分は平均以上だと思えているボンクラたちに「自分も!」と思わせる上手い造形。
 連載当時からあったボンクラたちの「デスノートで人を殺さずにこうやって上手くやればいいのに」みたいな妄想は、同時に法の穴を抜けてなんとか上手くやってやろうという、ブラック企業やブラック起業家たちの思考と同じ。その思考自体が自他の悲惨と死を呼ぶのではと思っています。

 思考遊びをすると、自分の所へ死神が来てデスノートを手に入れたら、は喜ぶべきことではない。死神の多く、特に狂言回しのリュークは所有者に意図的に知能が高い、そして子供を選んでいる。
 つまり、死神が来た時点で、その人はノートで死神が喜ぶような大問題を起こして、そして悲惨に死ぬことが予想される、頭でっかちの子供であるという証明で、死の宣告となっている。

 作中でサラリーマンの生涯収入が四億円で、主人公が死とともに手に入れた金は2・5倍の十億円。同世代でもっとも知能指数が高いなら、むしろよっぽと下手をしない限り手に入る金額。
 その自分が邪悪な存在からの超常の物品で、国家が絡んだ事態で命をかけてまで手に入れる金額ではない、と考えられない時点でやはり死ぬことが決定されている。

 なお、そういう理解が即できるような人の前に死神が現れノートを渡しても、すぐに「個人、そして人間には過ぎた力である」「どうやって使えないように、さらに二度と使わせないようにするには」と考え出して、死神=創作的には退屈になる。
 長期的にそして広範囲の思考ができ、それゆえの確固とした信念と倫理観がある主人公は完成された偉人英雄聖人のどれかで、創作の主人公としては欠点やある程度のボンクラさがないとやりにくい。
 先日のニール・アームストロングの伝記のやりにくさにつながったよ。

 追記
 ルールの後出しは、よく創作を見る人にこそ現れる思考の弱点を突かれたのだと思う。
 創作だと一貫性を保って公平にするために、ゲーム的にルールは変わらないようにしている。だけど現実でもルールや規則や法律なんてものは恣意的に作られたものなので、物理法則のようにほぼ永遠不変なものでもなんでもない、単なる概念だ。個人変更が可能なものならいくらでも変えられる。そういう意味で、創作に慣れた人ほど創作における単なる概念と人為的に変更不能な法則を錯誤しやすくなっている。

 主人公がゲーム好きで、さらに死神との限界距離を恣意的に決めているシーンがそれは錯誤だよ、というヒントであったと思う。現実がそうであるように、そこを切り分けろよな、と言われた気がした。
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ニール・アームストロングと普通の人と

「ファースト・マン」
 人類初の月面歩行をなした、ニール・アームストロングという人とその人生はとても表現しにくい。
 表現しにくいというか、精神が健全すぎるほど健全で、逸脱もなにもなく、さらに人間的面白味がまったくなくて、伝記作家が伝記を描くのにひじょーに困る人物なのだ。
 アームストロングは、戦争や宇宙飛行士の訓練で死にかけようが、娘が難病で親友が事故で死んでも、人前では激高も動揺も絶対に見せない、というとんでもない自己抑制力を持つ(一人のときは愛するものの死に涙したそうだが)

 だからこそ、NASAも人類初の月面に立つという、当時の世界一どころか歴史上でも有数の有名人物になるものとして、ニール・アームストロングを指名した。
 これが名声を求めるような浮ついた人物だと、世界一かつ歴史的な名声に押しつぶされるか、溺れて問題を起こしただろう(本人にそう説明すると拒否されるだろうから、技術と宇宙船での席の関係で決定した、と説明していた)アームストロング船長は死ぬまで名声に押しつぶされず溺れなかった。

 芸能人や政治家や企業経営者や芸術家や競技選手、昨今ならブロガーにユーチューバーなど、名声や富でおかしくなる人とならない人がいるのも、訓練もあるが大きくは資質の差であろう。
 おそらくだけど、アームストロングのようにとは言わないが、狂喜や悲嘆の幅が少なくどのような場面でも平静、そして名声や富に過剰な意味を見いださないタイプの人間は一定数いる。
 世界各地で宝くじの高額当選をした人は、だいたいおかしくなって人生が破綻する。名声どころか、たかが大金でおかしくなるのだけど、あれが普通なのだと思う。

 私はおかしくなるほどの名声や富にお目にかかったことがないので、おかしくしたい人は是非それらをください。むしろくれるなら、無理にでもおかしくなってみせます!

最近見たもの

「色づく世界の明日から」
 60年後の未来から魔法で来た少女が、その魔法を将来発明する自分の祖母の少女時代と同居。色が見えない彼女が唯一見えるのは、子供のころからの絵本とタイムスリップ先の人が描いた絵だけで~
とあらすじで、展開から心情までだいたい予想できるだろうけど、まったくそのとおりに終わる。青春ものに衝撃の意外な予想外の展開などいらんだろうし、それでいい。

「ホワイトアウト」
 南極で死体が発見。殺人による死体で、さらに謎の襲撃者が~という話。開始十五分くらいで、前に見た映画だと思い出すが、意地になって最後まで見る。金銭が動機の話って、犯人の思想的スケールが小さくなりがち。それゆえ身近ではあるのだけど。

「ベルゼブブ嬢のお気に召すまま」
 題名どおりに魔界の宮廷での悪魔たちのほんわり日常。ただ桜の花びらが散るなか少女が消えてしまいそうで~はベタベタのベタゆえに作者の格を落とすので、オリジナルか原作かは知らんけど誰かが止めたほうがええ。

 そういや、伝承でも悪魔は役職について働くが、一方で日本の妖怪ってあんま働かない。意味すら分からない行動も多い。
 たぶん、古代中世で働かずに変態や異常行動をする人を、昔の人が見間違えて妖怪としたんじゃないかと思っている。

「シルバニアファミリー ミニストーリー シーズン2」
 もちろんシーズン1は知らん。登場人物がドジをやっちゃって、てへへ~って児童アニメの笑いのパターン、萌アニメにも輸入されていったのだなと思う。

「未来のミライ」
 作中では妹ができた幼児が母を取られたと思ってかんしゃくを起こす。で、未来から高校生となった妹がやってくる。幼児のほうも曽祖父だかに遭う。さらに時間の間で迷子になって~、なんやかんやあって幼児が成長して家族が~
 
 という話はまったくどーでもええけど、創作で家族像を描きつづけられることには意味がある。
 友人知り合いのいない子供や親が「あ、嘘ついたり殴ったり盗んだりレイプしたり殺したりする異常者、アルコールやギャンブルの中毒者、働かず家事もしない穀潰しは、普通や良い家庭にはいないんだ」って自分の家が崩壊家庭であることに気づける契機が他にない。
 家族が邪悪であるとき、断捨離できないってことが地獄を呼ぶ。気づいたら自立できる力をつけて外に逃げよう。

「デッド・オア・ラン」
 犯罪プランナーの主人公の計画に基づいた犯罪で、ギャングのボスの息子が殺害される。これは絶対に自分は殺される、と主人公は自分に生命保険をかけるが、発行は21日後。そして超仲悪い娘まで殺されると連れて逃げだすも、追手が迫って死者続出。ついでに警察も巻き込んでの追跡となっていく。そしてボスの息子を殺した犯人は誰かをも探す。
 おもしろそうな要素が多いけど、なぜか、ザ・地味。

「からかい上手の高木さん」
 シーズン1一挙放送やっていた。邪悪やクズやダメな人を徹底排除したら、こういう優しい世界ができるのだと思う。

 一方で歴史学者の検証で、理想郷を求めると必ず大虐殺が起こるともある。理想郷を求めるような善人(またはそう思っている)たちも、邪悪やクズやダメな人を理想郷にふさわしい人物に変えようとする。だけど、いずれ教育や環境や治療や手術ですら良くできない人は絶対にいる、って結論にたどりつく。
 だけど永遠の理想郷は無限×無限の価値があるので、どのような犠牲も正当化され、邪魔ものは排除してもよい、となる。もちろん、そんな無限価値がある理想郷は存在しないし、しえないので、虐殺をする必要もない。

 そういえばトイストーリー4で感想が割れている。そんなもの、おおざっぱに分けても、人類の半分は平均以下だし、半分は平均以上で、そこでもう同じ意見になる確率は半々。さらに邪悪な人や犯罪者、病気の人もいるし、体調や状態で分かれ、またとんでもなく頭のいい人や天才もいるわけで、平均的な感想とはなにかすら出しにくい。評論家以外は、他人に迷惑をかけない範囲でわいわい言う程度にしておけばええと思う。

まさかのときのスペイン宗教裁判と魔女狩りが終わった理由

 ふと昔、歴史の本で読んだ話を思い出したので自分のためにも置いておく。
 16末期~17世紀初頭時くらいだったかのドイツ、当時のブラウンシュヴァイク公爵が、自分の領地で異端審問官が行った拷問に衝撃を受けた。そこで二人のイエズス会の司祭に調査させた。二人は公爵に査問官は自白したものだけを逮捕して正しいとした。
 その論理になにかを感じたのか、公爵は二人の司祭とともに拷問室へと向かう。そこでは一人の女が引き延ばしの拷問を受けていた。
 公爵は女に「私はこの二人の司祭を魔術師だと疑っている。拷問官、もうちょっと引き延ばせ」とした。
 拷問を受けた女は、痛みのあまり速攻で「その通りです。そいつらを知っています。山羊や狼に変身していました」と叫んだ。さらに公爵が他に知っていることはないかと問うと、女は「魔女がこの男たちの子供を産みました。その子たちは頭がカエルで蜘蛛の足です」と叫んだ。 
 公爵は司祭たちに向き直り「あなたたちが自白するまで拷問にかけましょうか?」とした。

 二人の司祭のうちの一人、フリードリヒ・シュペーはこの一件に感化されて後日「犯罪に対する警告」っていう本を書いた。司祭なので悪魔や魔女の否定まではできなかったが、初めて異端審問やら魔女狩りやらに反対した。そしてだんだんと減っていった。合理的な懐疑主義が広がることはそれほど大事。

 個人的な教訓を付け加えるなら、拷問を受けているような状態、苦しい悲しい辛い、ケガや病気の人や、またそういった状態の自分の考えや発言など信じないほうがいいと思われる。苦しい状態から逃れるためなら、人はどんな嘘でもつき、どんなことでもする。
 もちろん私もずっと苦しいので、信じないほうがよい。
 
 これを考えると、冗談も言えない人は心身ともに余裕がない状態なわけで、信用されにくい。真面目な主張をしたい人ほど、むしろ冗談が言えないと正気度が疑われてしまう。現代まで残る歴史上の指導者やリーダーや偉人英雄天才の言葉って、だいたいおもしろいか皮肉が利いているものだけだ。これから残る言葉も同じだと思われる。

疾病抵抗値が上昇

 風疹検査のお知らせが届いたので、まず検診を受ける。
 風疹への抵抗値は20ほど必要で、自分は14と出た。で、後日予防接種を受ける。
 疾病抵抗値14が薬で上昇、とするとゲームみたいだなと思った。

 予防接種後に検査はされないので、どれくらい抵抗値が上がったかは分からず残念でした。