FC2ブログ
Gallery

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし

 野村克也氏が亡くなっていた。著書を読んだこともある。天才が集まるプロ野球選手のさらにトップの超天才たちに対し、データと理論で戦っていた姿勢は見習っているつもりです。といっても、実際の私はわりと感覚でやっている。

 氏が松浦静山から引用した「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」は印象深い。というかこの言葉の引用によって野村監督が好きだったとも言える。
 基本的には、自分と他者との関係ではなく、一人の人間に起こる勝敗のことだと思っている。理解しがたい原因で勝つこともあるが、負けるときは理由がある、とすべきであろうという人生訓的な意味合いではなかろうか。自分の人生の敗因を顧みれば、もうちょっと長いものに巻かれても良かったのではないかとは思う。
 
 自他の勝負に適用する場合は、負けると分かっている側は普通なら逃げるか全力で回避する。だから負けるほうが勝てる、と思ってしまう錯誤から勝負が始まる。その錯誤が負けの理由であるとするなら、件の言葉は間違ってはいない。
 そして争う両者が拮抗する場合、勝敗が分かれる原因はいくつかある。偶然、長所を押しつけられる、弱点を突かれるなどなど。偶然はどうしようもないが、負ける要素を排除するくらいしかできることがないようにも思える。

 なお創作者の場合、弱点の穴を塞ぐより、長所の押しつけでいいことが多い。穴のない高レベルの作品であるより、個人の嗜好に合うという長所があるほうが優位となりやすい。そこは対人戦とは違うと思っています。
スポンサーサイト



最近見たもの

 バレンタインにオレンジピール入りのチョコを食べる。普通のチョコより好きである。
 裏を見るとベルギー産。ベルギーのかつての国王レオポルド二世が、金銭欲のためにアフリカで奴隷を酷使してゴム増産を行った事例がある。目標に足りないと、奴隷の手足を切断するなど、近代帝国主義時代でもかなりの悪王。
 さすがにその時代と今のチョコは関係ないが。

「300 帝国の進撃」
 レオニダス率いるスパルタ兵300人とペルシア帝国十万人の戦いを描いた300の続編、というか陸の前作の同時期にあった、テミストクレス率いるアテナイ軍の海戦の話。
 アテナイ軍もスパルタ軍に負けず劣らずのマッチョぞろい。映画がなんか地味に思えるのは、矢の豪雨を盾で受けながらゲラゲラ笑う、スパルタ人ほどの狂気がないからであろう。
 ペルシア軍のアルテミシア将軍が悲しい。ギリシャ人だが、ギリシャ兵に家族を殺され、奴隷にされて強姦され、死にかけて道端に放置される。そこからペルシア軍の将軍となったのは、ギリシャが燃えるのを見るためだという。そらそうなる。そしてアテナイ側にその悲劇を起こした戦争の反省が最後まで見えないのが、情緒に欠ける。
 
 史実のテミストクレスは、優秀な政治家で軍人だけど、買収なども行う策略家。最後は権力を欲してアテナイを追われ、かつて戦ったペルシアへと亡命した。ギリシャ攻略の指揮官を命じられて、故郷は攻められないと自殺。調べたら、ユーロ以前のドラクマ紙幣の肖像画になっていて、意外とギリシャでは支持されていた模様。

「300」
 どういう映画だったかと見直す。強敵の出現に美しい死だと笑い、死体で壁を作り、矢の雨を盾で防いで笑い、と戦闘民族なスパルタ人の言動がすべてである。
 一方で、マッチョなスパルタ人たちは友愛に満ちて気高く、皮膚病の予言者たち、奇形で捨てられたものが裏切り、なんか不健康なものに対する目線が冷たい。レオニダス王は兵士の命を危険にさらす合理性から優しく拒否していたが。
 ポリティカルコレクトネスは馬鹿馬鹿しし、マッチョ主義の映画とは分かっているが、重ねて病気や障害は悪であると描写されるとしんどいなとは思える。

 レオニダス王役のジェラード・バトラー、カメラを止めるなの監督役の人のstgがLV100に見えてくる呪いにかかる。

「臨場 劇場版」
 通り魔事件の犯人が心神喪失により刑法39条で無罪となる。二年後、犯人を鑑定した精神科医と弁護した弁護士が殺害される。被害者たちは精神異常者の詐病を通し、無罪を連発させていた。
 犯人は自殺に追い込まれた子供の親の復讐、そし余命宣告を受けた末期ガンの監察医の正義から。
 
 こう言ってはなんだが、邪悪な異常者の保護より、被害者の復讐という悲劇を防ぎ、国民の心のために早めに死刑にしたほうが利益が多いのではないか。一度学問的に計測したほうがいい。

 そういや、死んでいい、生まれるべきではない人間などいない、という人がたまにいるが、シリアルキラーや連続レイプ犯についても同じことを言えるのだろうか。

「Plastic2Mercy」GANG PAREDO
 珍しく女性アイドルの音楽が気になった。背後で流れるダッタタダッタタダラタウ♪の音に弱い。一番かっこよくてダンスの振り付けをしていた坊主の人(女性アイドルである)が今年一月で脱退していた。

 私の知らない音楽や物語がいっぱいあるのだろうし、一生をかけても全部を知ることはない。

最近見たもの

 寒い季節となりました。炬燵はたまに使うけど、空調暖房は一切使わないタイプです。なんというか頭がぼーっとしてしまうので。なので室内なのに厚着をして手袋をしているという、奇妙な状況です。
 実際は、暖房をしたほうが健康のためにもいいらしいです。

「ソウナンですか」
 女子高生が漂流して南海の孤島でサバイバル。いろいろなサバイバル知識がためになる。
 
 一方で海での遭難はとんでもなく危険。大航海、貿易時代においては、たびたび水夫たちが世界各地で遭難していた。一時の欧州などは、出港した五割が死ぬほど危険な仕事。
 遭難した水夫たちは、武器に道具を持っていたが、現地住民に助けられる以外では、ほぼ確実に死亡していたという。現代人は知識で少しは有利であるが、遭難は危険である。

「力なき者たちの力」ヴァーツラフ・ハヴェル
 後にビロード革命によってチェコ大統領となる劇作家の著作。中東においてもあった、アラブの春という一連の革命に参加した人々に読まれた。
 ポスト全体主義を批判し、その政治体制を「ゲームはゲームにすぎない」とする。
 現在はさらに進んだ管理と監視社会となり、さらなる全体主義が来ているとも言える。ただ、その方向は人間の最後の敵、犯罪とそれを起こす邪悪であろう。それらに対する怯えを利用されている、ということで進んでいるとも言えるが、それほど害が大きい。後退するとは思えないので、なるべく倫理的に運営していくしかない。

 ハヴェルの戯曲に、全体主義制国家で、自分に対する密告を自分で書いてくれ、という不条理な笑いの下りがある。
 私は出版社との戦いの結果、自分に対する世間に発表する相手の謝罪文があまりに下手だった。そこで、その相手がすべき謝罪文を「これこれこう謝るんだ」と実際に書いて、そのまま出版物に発表となったことがある。ハヴェルが近い経験をしていたらしく笑う。

 チェコという国はおもしろく、ハヴェルが劇作家であったように、初代大統領のマサリクは哲学者だったという。なんだこの超インテリ国家。
 
「ライフル・イズ・ビューティフル」
 女子高生がビームライフル競技部を復活させて頑張る話。競技用の全身ジャケットからしてしてオーダメイド、全国大会は広島開催であるなど、へーとなる。
 全員経験者から始まり、オリンピックを目指すというレベルが高いスタート。普段はダメな主人公だが、本番で勝負強く、ミスからの立て直しも強いという、メンタルスポーツ向き。チームメイトにも全国トップレベルの選手がいる。
 萌え系だが、後半ものすげえスポーツものとして正統になる。
 
 スポーツものって、ある程度主人公とチームが強くないと話にならない。毎回一回戦負けだけど楽しくジャンルを楽しむ、は本人は楽しいのだけど、創作物として端から見ると、そうか良かったなとなる。
 そして人が見て楽しい遊びは、また別の才能が必要である。遊んでいるように見えるYouTuberやゲーム実況者でも、確実に才能が必要だろう。

 意外なのは、題名がライバル校の副将の言葉だったという。

礼儀で人は死ぬ

『他の人なら認められない……「さかなクン」があの“ハコフグ帽子”を被って国会に出席』という記事がありました。
 これ、あんまり追求しすぎると、高齢男性、少数ながらも女性にいるカツラなんかも問題になりそうだし、と思うのは私のいらん思考だなと思えました。さかなクンの場合は品位や礼儀を損なわないとしての特例だろうし、世間も納得するだろう。

 冗談はともかく、この世にいらない仕事として、最初にマナー講師を挙げる私だけど、礼儀というのは大事。基本的にどの国でも貴族、そして戦士階級から礼儀作法が発生し、続いている。お辞儀や握手もそれぞれ相手に命を預けます、あなたを殺しません、という意味だろうし。
 歴史にある礼儀は双方の立場の上下確認が根底にある。いわば、どちらが上の立場であるかを示すことで、余計な殺し合いを防いでいた。失礼無礼な人にろくな人がいないのも事実。現代でそんなことで死ぬわけが、というが舐めた舐められたで殺される事例は多い。列の順番待ちを抜かした、口の利き方がなっていない、程度で殺人事件が起こり、よく報道されている。過剰で余計な礼儀はいらんが、殺されない最低限はやっておいたほうがいい。

フルメタルジャケットのような

『タイ銃乱射事件で29人死亡、容疑者の男を射殺』という事件があった。なんというかフルメタルジャケットのようである。
 普通の社会でもあるが、軍隊でも頻発している。軍隊内はいじめが起きやすいらしいが、それが原因なら銃や兵器があって相手が激昂したら殺されやすすぎる状況でのいじめは不思議である。
 別の精神疾患などが原因だったら、それこそ入隊試験のときに検査されるように思う。徴兵制だとそこまで厳格な手間をかけられないとすると、これから先は志願兵制度かつ入隊時の厳格な検査ができる軍隊のほうが強そうである。