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最近見たもの

 雪の寒さで、ついカッとなって健康診断を受ける。
 ついカッとなって積み立て投資をし、入院と先進医療保証つき医療保険に入る、ということもあっていいのではと思うが、聞いたことがない。
 ついカッとなって慎重や長期的視野からの行動や善行をする人が少ないか皆無とすると、短気ってもう損でしかないなと思う。

「21 Lessons」ユヴァル・ノア・ハラリ
 体調が悪い三日間はこの本を読んでいた。過去と未来を検証してきた歴史学者が指摘する、現代における21の課題。
 
 物語の項目が辛辣。神に国家に、思想に正義に愛は物語でしかない。そして物語は、どれも千年後どころか百年後にあるかどうかも怪しい。
 悲しいことに、人間が命を懸けるほどの意味が、これまでなにもなかったし、これからもないだろう。
 苦しみだけが本当というか共通認識となり、苦しむ主体にこそ目を向けるべきであるという意見には賛成する。
 
 2000年代で、ピンカーや進化学などを参照しない創作物はさすがに辛い(人の体質のように心も遺伝する、などが現代では常識となっているが、発端は2000年代のNYにおける心理論争からである)
 同じく2008~2010年代はマクニール(補助としてのジャレド)、15~20年代はユヴァリを読まないと、世界の状態と認識を踏み間違うと思われる。
 現実と創作においてなにがまずいって、倫理のアップデートが遅いことであろう。田舎の中高年、ヤンキーといった底辺ワールドが絶望的なのは、倫理が古代から中世あたりで止まっている。地方の単純作業ではそれでいいが、少なくとも世間の前線に立つならそこらがアップデートされていないと話にならない。
  
「青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない」
 心がそのまま体に作用する思春期症候群という病気がある世界で、人に認識されなくなっていく女の子や負傷した主人公、繰り返す一日、人格が入れ替わり、また人格が消えるという話。
 
 青春やラブコメ話は、ほぼ例外なく精神疾患と神経症の回復の話である。それらは現実的にはカウンセリングや向精神薬で治療し、創作においては形を変えた前者、つまりカウンセリングめいた対話で解決したことにする。
 もちろんカウンセリングで解決などしないのだけど、解決したという時間稼ぎをしている間に、脳や精神の成熟が起こって自然と解決する。世の中はだいたいそういうものである。
 
 青春およびラブコメの地獄は、必然として女の子は救うが、男の子の悩みは解決されるどころか、出ないことにある。
 男の子の問題の解決は、社会のメッセージにある強く賢くなれ、そして金を稼いで美人をゲットして全部を解決した気になれと身も蓋もないからである。
 そして、実際、この方法が圧倒的に解決した(気になれる)率が高い。
 
 一方で、その悩める男の子が遺伝や環境的に強く賢くなれないと決定されている場合、どうしようもなくなる。
 どうしようもなくなったのが、メンヘラヒキニート男の子とその果てにあるおじさんたちである。彼らがどうしたらいいかについて、世界と医学と世間と家族と、そして創作物ですら答えを出せていない(実際の専門家が100~1000人に一人が回復できるかどうかとしているので、もう創作物の遠隔カウンセリングの手に負える範囲ではない)
 
 現実でも創作でも、女の子は男の子やおじさんが助けてくれるが、男の子を、そしておじさんを助ける人はいない。男の子とその果てのおじさんたちは、自分とそして医療と社会福祉を頼るしかない一生を過ごすのである。それはフェミニストが憤る女性の境遇より、ずっと大変で辛くて苦しくて孤独であると思っている。
 そして絶望的な事実を言えば、強く賢くなってお金を手に入れて美人をゲットした男の子やおじさんたちも、まったく救われないと言える。少なくとも私は救われた人を一人も見たことがない。
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最近見たもの

 献血に行くと、あと二回で30回になるらしい。作家となって社会貢献もしておこうとやっていたが、なんだか続くものである。関係ないが、体質で献血できないって人に変な人が多い。

 献血からしばらくたって健康診断に行こうとする。朝起きて風呂に入って「あー、猫がソファで寝ているなぁ。ほーら毛布であったかいよ。はい、人の髪を食べない」とか言っていたら、そのまま自分も眠ってしまって、起きたら頭痛。健康診断に行く健康がないので、延期。

「明治東京恋伽」
 現代の超能力少女が明治時代にタイムスリップ。森鴎外ら明治の有名人と絡む。
 個人的には、森鴎外は軍医として見当外れなことをして、日本帝国軍二万人ほどの死の原因を作った。一人を殺した文豪や自殺した文豪はたまにいるが、数万人を殺した鴎外は桁が違う。異能バトルものだと間違いなく強い。
 対抗馬は、古代欧州をガチで制覇してガリア戦記として書いたカエサル。
 当たり前だけど、歴史上の偉人や英雄は実際に行動をなすわけで、自著を記さないことが多い。近現代民法の元となるナポレオン法典はナポレオンが監修したけど、自分は専門家ではないと四人の識者や学者を入れて作っていて、単著とは言えない。ただ、歴史上でも、かなり影響力が強い文章であろう。

「W'z」
 ハンドシェイカーの続編。老若男女の見分けがつきにくいが、CGは凄い。
 黒幕はハンドシェイカーとなって神と出会い、仮想世界のジグラートから資源の無限増殖を狙うという感じ。希少金属の増殖は世界にとってもええことのような。結局、ジグラートにいる神とはなんなのかよー分からんままだけど、作中世界でもどーでもいいらしい。
  
「ダイヤのA」
 主人公が会得したナンバーズという変化球群があり、新人キャッチャーの判断で投入して、安定しないので元のストレートに戻す、と「この必殺技、あかんからやめとこ」展開は漫画でなかなか見ない。

「ケンガンアシュラ」
 個人的には刃牙と喧嘩商売&稼業の間。
 特徴と問題が、展開の意外性に由来する。意外ならええやんと思うだろうが、主人公を狙うサイコストーカーや、大会主催者が送りこむ最強王者、などが主人公と戦わない。意外な展開になる一方で、因縁ゼロとなるので感情的に盛り上がらない。
 ただ、武と狂気の無形を併せ持ち、使い分けて合一していく相手を、武という人間の技術こそが抑えきる、という準決勝は良い。

最近見たもの

 コナン君が「宇宙の真実はいつも42!」と別作品を受信しだす。
 
「ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル」
 子供に「ボードゲームなんて今時誰もしない」と言われたジュマンジがテレビゲームへとアップデートして飲み込む。さらに現代で高校生四人を飲み込む。それぞれが現実と反対のゲームキャラとなる。あとはまー想像のとおりの展開だが、爽やかにまとまる。
 
 今さら言うようなことではないが、肉体に人格も左右される。個人の脳の出来具合や、向精神薬やアルコールなどで精神状態が変わることを疑う人はいない。
 そして、美しい顔や体、高い背、病気がなく強靱な体という肉体性が、とくに幼少期の社会的立場を決め、さらに一生を左右するように思う。
 そうそう他人になることはできないが、創作物で誰かになる、またはゲームやSNSで違う自分を演じることで、周囲の反応も違ってきて、本人の内心も変化しそうである。

「駆込み女と駆出し男」
 江戸時代、女性からは離婚しにくいということで幕府公認の縁切り寺である東慶寺にまつわる話。
 良い人生は良い人にしか起こらないと思えるが、作品はそういう風に作られるものだと冷静になる。
 
「ヒストリーセレクト フォード伝説の巨大工場」
 フォード社の拠点、百年前から進化と改良を続けるリバー・ルージュ工場の話。年間33万台を作る大工場は24時間稼働。ロボットや自動化が進み、人と協力している。
 最後の点検は機械による平面レーザー点検まで行う。が、手袋をした検査員が手で触る検査も絶対に必要だとか。
 ロボットや機械が好きな男の子は、工場の流れを延々と見ていられると思う。これを作るためにこうであるという合理性の連続は、ある種の美しさがある。

「帝王学」山本七平
 本棚を整理していたら出てきた。もう37年前の本となるが、読み直す。
 唐の二代皇帝、李世民と臣下たちによる統治は貞観の治と呼ばれ、それらの言動の記録が貞観政要とされる本として東アジア各国に伝わる。本書はその解説。
 古代から中世の日本は中国を参照にしたが、多くは貞観の時代があった唐、そして宋学(狭義では朱子学)であった。参照項を探した時代が、中国でもっとも良い二つの時代だったのは幸運。
 貞観政要で指摘される人間社会で最高の危険人物とは、君主が望むことが正しく良いことであると理由付けをする人間としていた。どんな間違っていることでも邪悪でも、実は理由付けができてしまうが、それは最悪の結果を呼ぶと指摘されている。
 現代での君主は、我々個人や民衆とも言える。だけど、人々の邪悪な願望を正当化しようとする人たちは、本心からなら異常であるし、慰め意見という商品を売っているつもりなら危険人物の範囲であろう。

ヒーローがいない理由と、23年ぶりにサイコメトリックキラーを思い出す

 高度に発達したラヴクラフトと嶋田久作の見分けはつかない(分からん人は画像検索するとよい)

 連日相模原殺傷事件の公判が続く。植松容疑者は、障害者でもコミュニケーションできないものを人間ではない、日本に損害を与えるものとして殺害している。賛否は当たり前のように否定のほうが多い。

 一方で、無害ではない、本当に邪悪で損害を出した人を殺害した場合はどうなっていたのだろうか。
 世間には通常の怨恨や金銭や恋愛のもつれが原因ではない、凶悪すぎる犯罪がある。拷問殺人や連続大量殺人、通り魔殺人や強姦殺人では心神喪失や心神耗弱を主張する犯人が多いのだけど、本当に病気や障害が犯行の大きな原因となっている場合も多い。
 それらを「人間ではない」と殺害していたら、世間の評価はどうなっていたのだろうか。
 少なくとも、創作物におけるヒーローたちが倒して殺しているのは、そういうやつらである。
 現実には邪悪を倒し、殺すようなヒーローはほぼ出てこない。歴史を見ても、個人で悪を倒すヒーローというものを実例として思い出せない(とある集団や国家が悪として打倒する運動はあるが、それはヒーローではなく集団による通常の社会運動であろう)

 まず普通の人は普通の生活を維持するために働くだけで、体力や時間的に精一杯である。それらをして、さらにヒーロー活動をするとなると、負担が大きすぎる。
 ついでに言えば、人類の分業制度から言うと、犯罪や邪悪に対しては警察や司法や国家など専門の人に任せたほうが効果が大きい。ヒーローができるほど優秀な人なら、現場に行くより、指導者になって社会を良くしたほうが治安効果が大きいという計算ができる。また第三者による逮捕と裁定が、加害者被害者間の無限復讐を防ぐという意味もある。
 そして、なにより一般人はそういった邪悪なシリアルキラーや通り魔、罪を償っていない犯罪者の個人や位置情報を手に入れられない。警察ですら居場所をつかめないし、正体も分からない場合は、一般人はもっと分からない。関連して、法的手続きを得ないと科学的捜査もできず、個人による死刑は冤罪が出てくる可能性が高くなる。
 さらには個人が「これは殺すべき悪である」としたとき、その個人が別の邪悪、異常精神を持っていないと証明できない。ほとんどの独裁者や虐殺者、シリアルキラーは自分がやっていることは正しい、正義の行いだと思っていた。その違いを匿名の個人では証明できない。

 で、そういうのを作品にした「サイコメトリックキラー」という小説があったのを思い出す。今調べると、ダイナ・グラシウナス, ジム・スターリン著で1997年に日本向けに翻訳された、という23年も前の小説だった。
 で、主人公はシリアルキラー専門に殺すハンターである。主人公が警察ですら分からない犯人を見つけ、さらには本当に犯人かどうかを断定していたことが、作中の警察も分からなかった。で、主人公はサイコメトリー能力で犯人を見つけていたという。そういう超能力がないと個人が警察を超えることはできないなと思える。また、超能力だから警察に言っても証明できないし、予防に使えないとなっていた。
 もちろん現実にはそういった都合のよい超能力は存在しないのだけど、本の内容を覚えていた。こういう前提だったら個人や周囲や社会はこうなるな、ってのが話のすべてである。

現実が先かゲームが先か

 香川県で『県条例素案にゲーム利用時間制限』となっていた。
 実際、ゲームによって学業や家事や仕事を蔑ろに、または放棄する人が増えている。それらによる莫大な社会的損失も計上されている。
 ただ、何回も言っているように、これらのことを禁止してもあまり意味がない。過度な飲酒やギャンブル、依存症を辞めなさいとしても、それが守られることはない。
 勉強や家事や仕事などの社会的義務よりゲームのほうが楽しいから、または現実からの逃避でゲームをする、という場合、依存症傾向であろう。
 で、実際にゲームを禁止された人々が勉強し家事をし仕事をするかというと、しない。なにもしないか、するとしてもネットかテレビを見るか、飲酒かギャンブルか薬物といった、他の依存対象に向かうであろう。
 しかし、現実という根本原因が変わらないかぎり禁止に意味はなく、別の逃避や依存症に向かうだけである。その依存症を辞めさせないと現実が変わらないという意見も出てくるだろう。しかしこの依存症の問題は、人類史の最初から今まで続いている大問題であって、そういった気合いや言葉で解決する訳がない。
 事例にある条例は、結局現実が変わらないこととと誰もなにも改善しないことを再確認するだけで、今より絶望を世間に広めるだけなので、辞めておけ、である。